弘前どさいぐ?

津軽じょんから節

2011/09/07

悲劇を唄った口説節

口説節

津軽三大民謡(津軽の三つもの)といわれる「津軽おはら節」「津軽よされ節」「津軽じょんから節」。その中でも「津軽じょんから節」は全国で愛され唄われている民謡です。

当時南部藩だった浅瀬石城主 千徳家は津軽家の藩祖津軽為信に攻められ滅亡します。その後千徳家の菩提寺、神宗寺の僧 常椽(じょうえん)は先祖代々の位牌を持ち南部領へと逃げようとしますが、捕まえられそうになり断崖から身を投げ命を絶ちました。数年後川原から変わり果てた常椽(じょうえん)和尚の亡骸が発見され、この辺一帯を「常椽川原(じょうえんかわら)」と言われるようになり、その後「上川原(じょうかわら)」と呼ぶようになり「じょんから節」の名前の由来になりました。

この悲劇を唄った口説節が、じょんから節と言われることから、常椽(じょうえん)和尚の亡骸が発見された場所には「津軽じょんから節」発祥の地の石碑が立っています。又、写真の石碑の奥の橋は「上川原橋(じょんからばし)」と名付けられています。

黒石市浅瀬石「津軽じょんから節発祥の地」を地図で見る

青森県黒石市

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